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登校…途中の子供たちです。
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生活感溢れるストリート・ヴューを描くためには、
まずたくさんの村の人々を描くことになりますemoticon-0107-sweating.gif

なぜなら、彼らが目の前に立ちふさがって、
「僕を描いて!」emoticon-0129-call.gif
「私を描いて!」emoticon-0136-giggle.gif
「俺を描いて!」emoticon-0133-wait.gif
…と、次から次へとやってくるのです。
視界が遮られて、
とても絵を描くどころではありません。


子供から大人まで…
彼らにもみくちゃにされて、
似てるemoticon-0115-inlove.gif、似てない!emoticon-0130-devil.gifとクレームの嵐を通り抜けて、はじめて…

村宇宙の「懐=ふところ」に溶け込めるのでした。
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翌年の1984年、再び同じ村を訪れたときに描いた絵です。
かなり気合を入れて描きました。

だいたい同じ地点に、同じような人が同じように「いる」ことがわかります。
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村に居着いてまもない頃、
表通りに悠然と座っていた水牛を描こうとスケッチブックを広げた途端、目の前が真っ暗emoticon-0107-sweating.gif

好奇心旺盛な村人たちが集まってきて人垣ができてしまったので、端から描き込んでいく。

子供たちは大喜びemoticon-0115-inlove.gifで自分の名前と齢をタミル語で書き込んでくれました。


一頭の水牛を描こうとしたら、結局…

こんなにたくさん描く羽目になりましたあemoticon-0102-bigsmile.gif

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先の絵巻に引き続いて、
パッタマンガラム村…MAIN St.絵巻(後半)です。

メインストリートは、東西方向から南に曲がっていきます。

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この辺は、生活感あふれるエリアです。
子供たちが群がってきて、水牛(描きこんでいないけど…)がのんびりと暮らしています。
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パッタマンガラムPATTAMANGALAM村のメインストリートの絵巻(前半)です
描いたのは1983年…

大昔ですが、現在の衛星写真と比べても
そう、大差ないようですね。

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赤い矢印で示した東西にのびる表通りを
東から西へ描いたものです。
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パッタマンガラムPATTAMANGALAM村…

その全域を東の上空から描いた鳥瞰図です。

実際の航空写真です
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「インドの本質は「村」にある…」
こう言ったのは、インド独立の父マハートマー・ガーンジー翁だ。

目の前に南インド・タミル地方ののどかな田園風景が広がっていた。

一本の田舎道が続いている…

この道の向こうに目的の村…パッタマンガラムPATTAMANGALAMがある。

村の入口にある看板
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村を含む周辺地図
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岬の突端にある沐浴場は、身を浄める人々でごった返していた。
芋を洗うというよりまるで「ゴボウ」を洗うような光景だ。

沖にある巨大な一枚岩をとりまくように広がる磯場が大洋の荒波を和らげてくれる。
人々は打ち寄せる波と戯れ、処女神の海原に嬉々としてもだえる。

そこは、北インド・ヴァラナシ(ベナレス)の沐浴場で感じた
「穢れを清める神聖さ」は薄まり、
沐浴場というよりむしろ海水浴場といった方が似つかわしい。

僕は腰巻き姿のまま海水につかった。

きっとこの塩水の内には、
ワーラーナスィの火葬場で焼かれた死体の灰も分子レベルで溶け込んでいるに違いない。

聖なるガンジス河はもちろん、
インド中の聖地や聖河から浸み出した諸々の灰・排泄物・穢れは、
大海原の塩によって「潔斎」され、今、僕の身体をやさしく包んでくれている。

ここ、カニヤークマリは、
すべてが混じり合う『八百会(やほあひ)』の地なのである。

最南端の沐浴場…地図
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東京は曇り空ですが、
今日は世紀の天体ショー「皆既日食」…あと3時間ちょっとで始まりますね。

日本で見られるのは46年ぶり…
九州南部では1958年に金環日食がありましたが、
過去100年間に皆既日食の記録はないそうです。

関連するサイトを紹介しておきますね。

ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト

皆既日食in奄美


こちらのブログでは、国際天文年のイメージソングmisia「銀河」の動画が観れます。
奄美海風荘ブログ
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# by aram-project-amai | 2009-07-22 06:03 | つぶやき
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この絵は、初めてインドを旅した1978年1月24日に描いたクレヨン画。

浜に広がる漁村を抜けた北の果ての浜辺からカニヤークマリを振り返った構図です。
右手に白亜の教会、左手にロック・メモリアルが見えます。

浜はウンチだらけ(漁村の人のトイレになっている)でしたが、あえて描き込みませんでした。
海の色はかなり忠実に表現されていると思います。
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同じ宿の屋上から北側を眺めると
浜に広がる漁村の向こうに白亜の教会Roman Catholic Churchがそびえている。
16世紀建造のゴシック調の美しい教会で、この地に住む約1万人の漁民に崇拝されている。

南インドの海岸沿いに住む漁民の多くは、カトリックのキリスト教徒である。
16世紀の大航海時代に、南インドに着いたポルトガルの宣教師たちは、
すでにキリスト教が伝わっていることにたいへん驚いたという。

その歴史はヨーロッパよりも断然古く、
紀元1世紀にシリアのキリスト12使徒の一人聖トマスが伝道したといわれる
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午前5時、外はまだ真暗なのに、やたらと騒がしい。
大声でわめくような話声、真言(マントラ)朗唱、子供たちのはしゃぎ声が上方から響いてくる。
僕は眠気なまこをこすりながら、宿の屋上に上ってみた。

いるいる。屋上の東側に老若男女が鈴なりになっている。
まわりの宿の屋上もテラスも黒山の人だかりだ。
皆、明けゆく東の水平線をじっと見つめている。

未明の漁を終えた丸木船(カットマラム)の黒い三角帆が、灰色の波間に点々と浮かんでいる。

やがて曉の闇はしだいに透明感を増し、
薄明の光りを受けて沖合いのロック・メモリアルが白く輝き始める。

日の出だ。紅の光点が水平線を突き砕く。

パチパチパチ、拍手が湧きおこる。
大声で神様の名を叫ぶ人、口笛を思いきり鳴らしてはしゃぐ人、
寺院のかん高い鐘の音、けたたましい宗教歌、
そして、教会の鐘の音やコーランの朗唱までが風に吹かれて聞こえてくる。


ぞろぞろ、ぞろぞろ。人々は階下に降りてゆく。
路上を見下ろすと、大勢の人々が岬の方へ歩いていくではないか。
僕も慌ててあとについて行った。
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約10年前に作成したカニヤークマリの「小さな旅」です。

以下のリンクからどうぞ。
インド亜大陸最南端の岬 英名CAPE COMORIN
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インドの首都デリーDELHIの下町…パハール・ガンジPAHAR GHANJ地区は、
インド的な混沌が凝縮されたオモシロ地区だ。

ニューデリー駅から西に伸びるメインバザールには、様々な商店が立ち並び、
交差点のロータリー界隈は、野菜市場となっている。
さらに西には、中級ホテルや安宿が林立し、うまい食堂もたくさんある。

インドの地に舞い降りた旅人は、
空港からまずこの地を目指す。

タクシーの運チャンに一言こう叫ぼう…
「PAHAR GHANJ!」

ちなみに「MAIN BAZAAR」と言うと、
ニューデリー駅前あたりで降ろされてしまうことが多いから注意。

このパノラマ絵は、2000年冬、
パハール・ガンジの中央部にある安宿=PAYAL HOTELの屋上から描いた。
原画はA4用紙10枚綴りの長さにおよぶ。
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パハール・ガンジPAHAR GHANJ地区の地図
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# by aram-project-amai | 2009-07-17 01:56 | 絵巻「デリー編」
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最南端の岬…突端部をさらにズームアップして描いてみました。

左端が突端部にある沐浴場。

右方(東)にスクロールしていくと、
縦縞模様の壁に囲まれているのが、
最南端の寺院SRI DEVI KANNIYAKUMARI TEMPLEです。
処女神クマリが祀られています。

寺院の奥には灯台が建っていて、
この地がインド亜大陸の最南端であることを
沖合いを航行する船に知らせます。

はるか喜望峰から、アラビア海とインド洋を越えて
やってきた船乗りたちは、この光を見てどんなに安堵したことでしょうか。

さらに東方面には、漁村やホテル街が広がっています。
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海。懐かしい水平の安らぎ。目前に横たわるエメラルド・グリーンの処女。

僕は、両手を思いきり広げて彼女を抱きしめようとしたが、見事にふられてしまった。
目前視界、240度。地球の丸味を感じるほど、壮大な広がりをもつ。

ついにやって来た。
ここは、インド亜大陸最南端、カニヤークマリ(CAPE COMORIN)

インド亜大陸最南端のコモリン岬=CAPE COMORINのパノラマ絵です。
現地名はカニヤークマリ=KANNIYAKUMARI。
岬の沖合いに浮かぶロックメモリアルから描きました。

ロックメモリアルの位置
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空が高い。
打ち寄せる波の音。潮の香りが全身に浸みわたってゆく。

風。快い水平の刺激。ここにはいつも「風」がある。

天頂に君臨する熱球が突き降ろす垂直の刺激を和らげて、
やさしく僕を包み込んでくれる風がある。

インド亜大陸最南端の岬…そこは
ベンガル湾・インド洋・アラビア海…
3つの大洋が出会う、
『八百会(やほあひ)』の海だ。

イラストは、岬の沖合いに浮かぶロック・メモリアルROCK MEMORIAL。
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この店の「見せ場」となる店頭エリア…
少年が大きな鍋で揚げ物をして、
香りで客を引き寄せる。
その奥にドリンクセクションがある。
中央に立っている二人の男性は、気さくな従業員。

いわゆる「洗い場」は、車道の端…
大きな鍋や釜が無造作に置かれている。

路上駐車しているのは、日本車だね…カラスがとまっているけど。
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このレストランの客席エリア…
木製のシンプルなテーブルの高さは、インド人の体型にあわせて作られている。
壁には、神様のポスターやカレンダー…
古びた時計の針は、午前10時10分を示している。

右側で手を腰に当てて佇んでいるのが、この店の主人だ。
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いちばん右手がこのレストランの「厨房」…
粗末だけど、機能的にできている。
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2000年の暮れ…約22年振りに訪れたカルカッタ。

G.P.O.(中央郵便局=General post office)前の通りには、
たくさんの日本車が行き交い、すさまじい渋滞となっていた。

ここは、路上のレストラン。
初めてこの地を訪れた1982年に知り合った知人が経営している。
彼は当時、G.P.O.の前で郵便物の代書や梱包の仕事をしていた少年だった。
大出世とはいえないけれど、
彼は胸を張って自慢の料理をご馳走してくれた。
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近年、インドの経済発展はすさまじいものがある。
1984年の16年後、2000年の暮れに訪れた時は、
地下鉄もとうに開通し、カルカッタの新しい動脈として活躍していた。

インド博物館前の、あの工事現場は、跡形もなくなり、
立派な地下鉄駅の入口となっていた。

駅名は「PARK STREET」。

「Metro is Your Keep it Clean」という標語の隣には、「HITACHI」の看板。
階段を下りた地下駅の入口には、
ガードマンが物々しく警備していた。

もう、この地点でのスケッチは、諦めた。

あの「インド時間」といえども、
急激な経済発展の時間の流れに飲み込まれてしまうのだろうか…

カルカッタ地下鉄の動画です
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ヒンドゥー教の聖地として有名なヴァラナシ=VARANASI…
ガンジス河で沐浴している人々の姿は、インドを象徴するシーンのひとつだろう。

この絵は、火葬場=Manikalnika Ghartの手前の
小高い丘に建つ中級ホテルPUJA GUEST HOUSEの屋上から描いたパノラマ絵。

蛇行するガンジス河沿いに発達したヴァラナシの街並み…
でも、対岸には、何もない。

ここが、「彼岸」なのだろうか。

P.S.…サムネール画像をクリックすると、
3045×575pxl 容量189KBの大パノラマが見れます。
エキサイトブログに感謝です!

PUJA GUEST HOUSEの位置
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この絵は半年に及ぶ旅を終えて再びカルカッタに戻って、ほとんど同じ場所で描いたものだ。
「どのくらい進んでいるかなあ」と楽しみにしていたのだが、
雨期ということもあり、工事現場には人影も少なく、閑散としていた。
よく見ると、Geologecal Surveyの出入り口のあたりが
歩道もろとも崩壊しているではないか。
半年前の絵では、砂袋で養生していた部分だ。
変わったのは、たばこの看板が新製品の広告になったくらいで、
あとの人工物にはほとんど変化がない。

でも自然力の象徴たる植物は、雨期の潤いを吸収して2倍近くまで成長している。
「これがインドなんだな」と感心してしまった次第である。
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1983年2月…
当時のカルカッタでは、目抜き通りで地下鉄工事の真っ最中!

カルカッタに着くと、僕は真っ先にここにやってくる。
場所はチョウロンギー通り沿い、インド国立博物館脇の地下鉄工事現場だ。
僕が初めてインドを訪れたのは1977年、2度目は1982年、
ここに掲載した絵は、3度目の1983年のものだ。

この工事現場を見るたびに、
「インド時間」という得たいの知れない流れに圧倒されてしまう。
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ネット上でサイトやブログ記事を閲覧するのは、
縦スクロールが常識…
ついに横に閲覧できるサービスが始まったのですね。
ヨコブログ
感激です!


日本美術の伝統的な形式のひとつに「絵巻」と「掛け軸」があります。
縦スクロールは、いわば「掛け軸」…

そして、このヨコブログこそ、まさに

「絵巻」そのもの、ですね。
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# by aram-project-amai | 2009-07-12 09:21 | つぶやき
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